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平尾誠二の命日に南アフリカと対戦名言『洋魂和才』の日本を天国から

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦名言『洋魂和才』の日本を天国から5

今回の『ぼちぼち くろブロ』では、

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦
名言『洋魂和才』の日本を天国から

について記事をまとめてみました。

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦名言『洋魂和才』の日本を天国から

ラグビーW杯の決勝トーナメント
初めて挑むことになった日本代表。

 

 

 

その準々決勝、南アフリカ戦が
10月20日に行われるのは
奇跡的な巡り合わせに思えて仕方がない。

 

 

 

 

10月20日は
あの“ミスターラグビー”こと
平尾誠二さんの命日にあたるからです。

 

 

 

 

現在の日本代表は
平尾誠二さんが思い描いた姿を
受け継ぐブレイブブロッサム
なっているのです。

 

 

 

 

そんな平尾誠二さんと
現ラグビー日本代表との
“絆”について調べてみました。







平尾誠二の命日に南アフリカと対戦

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦名言『洋魂和才』の日本を天国から1

“ミスターラグビー”平尾誠二の命日

2016年10月20日
53歳という若さで惜しまれながら
この世を去った平尾誠二さん。

 

 

 

 

平尾誠二さんと言えば
ミスターラグビー
昭和~平成を彩ったラガーマンでした。

 

 

 

 

平尾誠二さん率いる伏見工業の
全国初制覇を描いたドラマ
スクール☆ウォーズ』は人気となり
社会現象を巻き起こしました。

 

 

 

 

また、同志社大学では当時としては
史上初となる大学選手権3連覇を成し遂げ

 

 

 

 

1年間の英国留学を経て神戸製鋼に入社
全日本選手権7連覇の中心選手として
活躍した勇姿を忘れられません。

 

 

 

 

華麗なステップに天才的な判断とプレー
そしてルックスもイケメンで
関西ラグビー界が最も隆盛した時代の
スーパースターだった。

 

 

 

 

ラグビーW杯日本大会の準々決勝は、
そんな平尾誠二さんの命日にあたる
10月20日に強豪・南アフリカと対戦します。

 

現日本代表との絆(つながり)

単に命日と南アフリカとの対戦日が
同じだけでは無いのです。

 

 

 

 

現在の日本代表ヘッドコーチ、
ジェイミー・ジョセフさんを人選したのは
まさしく、平尾誠二さんなのです。

 

 

 

 

ラグビーW杯日本大会の組織委員会
理事だった平尾誠二さんは
2015年6月、日本ラグビー協会の
理事にも就任されます。

 

 

 

 

その3ヶ月後、W杯イングランド大会の
開幕直前に胆管細胞がんであることが
判明しています。(亡くなられた後に発表)

 

 

 

 

ラグビーW杯イングランド大会は
現地入り予定だったがこれらの理由で
行けなかったのです。

 

 

 

 

あの世紀のジャイアントキリング
南アフリカ戦を含めた3連勝の快進撃
現地で観ることもできなかったのです。

 

 

 

 

がんとの闘病生活の中
月例のラグビー日本協会の理事会には
出席を続けていたそうです。

 

 

 

 

そして、協会理事としての最後の仕事
W杯イングランド大会後の
日本代表ヘッドコーチの人選だったのです。

 

 

 

 

平尾誠二さんは2016年から始動した
ジェイミー・ジョセフ体制の日本代表を、
最後まで気に掛けていたそうです。

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦名言『洋魂和才』の日本を天国から2

 

 

 

きっと平尾誠二さんは天国でも
ずっと日本代表を気に掛けて
見守っているはずです。

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名言『洋魂和才』の日本を天国から

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦名言『洋魂和才』の日本を天国から3

平尾誠二の名言『洋魂和才』とは

平尾誠二さんのこの言葉は

日本代表に今、魂はない。
でも、外国人はそれを持っている

意味しています。

 

 

 

1999年、日本代表監督(HC)だった
平尾誠二さんは積極的に外国人選手
日本代表に招集したのです。

 

 

 

 

当時は『チェリーブラックス』とも
皮肉を込めて言われるほどでした。

しかし、平尾誠二さんは信念を曲げずに
外国人選手を積極的に選んだのです。

 

 

 

 

その信念を表す言葉が
洋魂和才』なのです。

 

 

 

 

外国人選手達は
心の底からラグビーを愛し
代表ジャージに誇りを持ち
ラグビーのために体を張って
逃げないプレーをする。

 

そんな外国人選手達の熱い魂
桜のジャージに注入させて
日本らしいラグビー、文化
取り入れていこうとしたのです。

 

 

 

 

現在のラグビー日本代表メンバーも
その流れを受け継ぎ多国籍軍団です。

 

 

 

 

平尾誠二さんの名言『洋魂和才』を
体現する素晴らしいチームとなっています。

 

 

 

 

平尾誠二さんが考えた
理想的な強い日本代表チームの姿
なっていますよね。

 

 

 

 

天国から
現在の日本代表を見て
喜んでおられると思います。

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ミスターラグビー平尾誠二

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦名言『洋魂和才』の日本を天国から4

平尾誠二さん訃報、恩師の言葉(当時)

“泣き虫先生”こと伏見工(現京都工学院)高の
山口良治総監督が、教え子の訃報に涙した。

 

京都市内で取材に応じ
「代われるものなら代わってやりたい。
なんで先に逝くんや…」と目頭を押さえた。

 

昨年のW杯イングランド大会中に、
現地で食事をする約束をしていた。
だが平尾氏から断りの連絡を受けた。

 

「手術をすることになったと言っていた。
死ぬなんて思ってもいなかった」。

 

39年前の秋。京都府秋季大会決勝戦で、
陶化中3年だった平尾氏を初めて見た。

 

そのプレーにほれ込み、
自宅を訪ねた。

 

既に特待生で名門花園高への
入学が決まりかけていたが、
熱く夢を語りかけた。

 

「当時は親御さんが
『あんな学校には行かせられない』と
言うくらい、伏見工はワルの集まり。

授業料免除で、ラグビーの強い高校に
誘われたら普通は行く。
でも平尾はそれを振り切って
私の夢を追ってくれた」

 

忘れられない思い出がある。
高校1年の京都大会決勝で花園高に敗れ、
全国大会出場を逃した時のこと。

 

その帰り道。
平尾氏は表彰式で受け取った準優勝トロフィーを
投げ捨てて帰ってきた。

 

悔しさをバネに、
翌79年度に全国大会初出場を果たし、
最終学年の80年度に初の全国制覇。

 

その快進撃は
ドラマ「スクール☆ウォーズ」として描かれた。

 

当時は視聴率20%を超えることもあり、
ラグビー人気に火を付けた。

 

「真面目ないい子。
あんな子と一緒にラグビーがやりたくて…。
平尾が私の夢を選んでくれなければ、
伏見工の優勝はなかった」

 

3年前、山口総監督は2度目の脳梗塞で倒れ、
生死をさまよった。病室に来て手を握り、
いつまでも励ましてくれたという。

 

「私は平尾を叱ったことがない。
でも今は初めて叱ってやりたい。
怒ってやりたい。何で先に死んでしまうんや!」

出典:日刊スポーツ(2016年10月21日)

 

ラグビー界のレジェンドの訃報には
当時、本当に驚かされましたし
悲しみを感じました。

 

 

 

 

でも、こうしてラグビー日本代表が
着実に力をつけ世界でも戦える集団に
なっていることが証明されています。

 

 

 

 

平尾誠二さんが目指していた
スペースに展開するラグビー
着実に受け継がれています。

 

 

 

 

平尾誠二さんの功績は賞賛に値します。

まとめ

いかがでしたか?

 

“ミスターラグビー”こと
平尾誠二さんの命日である
10月20日が決勝トーナメント初戦。

 

 

 

ラグビーをこよなく愛し
日本代表を強くするために
最後の最後まで信念を貫き
尽力した平尾誠二さん。

 

 

 

 

その思いが結実したチーム
現在の日本代表と言っても
過言ではありません。

 

 

 

 

10月20日の南アフリカ戦も
あの優しい笑顔で日本代表を
見守ってくれるはずです。

それでは、以上で

平尾誠二の命日に南アフリカと対戦
名言『洋魂和才』の日本を天国から

についてのまとめを終わります。

最後まで読んでいただき
ありがとうございます。

これからも ぼちぼち くろブロをヨロシク!

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ABOUT ME
くろ
もう、こんな年齢になってしまったんやな~・・・ としみじみとしております。 少年だった頃から、サッカーと野球が大好きです。 現地観戦もたまにしますが、ほぼテレビ観戦です(笑) 最近は、スポーツ以外にも 色んなことに興味を持ち出した ダンディーなオジサマが(笑) 思い切ってブログも始めてみました! オジサマ的視点で色んなことを 発信していこうと思います。 どうぞ、よろしくおねがいします。