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絆のペダルは宮澤崇史の生きざま母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛

絆のペダルは宮澤崇史の生きざま母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛4

今回の『ぼちぼち くろブロ』では、

絆のペダルは宮澤崇史の生きざま
母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛

について記事をまとめてみました。

絆のペダルは宮澤崇史の生きざま母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛

今年の24時間テレビの感動のドラマ
絆のペダルですね。

 

 

嵐の相葉雅紀さんが
実在の元ロードレーサーである
宮澤崇史さんを演じます。

宮澤崇史さんの生きざまと
母親との家族愛を
リアルに届けてくれます。

 

 

主人公の宮澤崇史はどんな人なのか?
生体肝移植と母親との家族愛について
絆のペダルにも少し触れながら

調べてみましたので
すこしの間、お付き合いください。







母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛

絆のペダルは宮澤崇史の生きざま母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛1

母親から見た息子宮澤崇史

母親の純子さんは、難病の
原発性硬化性胆管炎(PSC)を患って、
生体肝移植が必要と診断されました。

 

2001年に宮澤崇史さんから
肝臓の約3分の1を譲り受けています。

 

母親の純子さんですが、
この生体肝移植の手術を受けた
2001年9月10日時点で66歳でした。

 

手術までの葛藤と家族愛

当時は息子の宮澤崇史さんの
将来を左右させてしまう生体肝移植の
手術を受けることは苦渋の決断でした。

 

 

手術が無事成功した後も
宮澤崇史さんがロードレーサーとして
復帰できるのか心配でした。

 

母親の純子さんは手術後の心境について
このように話されています。

崇史がレースに戻れるか心配でした
でも崇史の肝臓は少し大きめだったおかげで、
手術後の回復も順調でした

 

また、ロードレーサーとして復帰後も
宮澤崇史さんの選手生活を全うできるまで
自分は生きていられるのか心配でした。

 

このことについても純子さんは
宮澤崇史さんの引退レース後に
こう話されています。

崇史の選手生命が終わるまで
私が生きられるか、心配でした

私の前後に手術を受けた方は、
もうほとんど生きていない。

私は生きてこの日を迎えられて良かった。

 

これらの言葉には息子の宮澤崇史さんへの
母親 純子さんの切実な家族愛を感じずに
いられません。

 

 

 

生体肝移植という負担を乗り越え
自転車のトップ選手に返り咲いた
息子の宮澤崇史さんの姿

母親の純子さんにとって勇気を与え続け
病気に負けない気持ちを奮い立たせたのです。

 

移植は意図して公表せず

宮澤崇史さんが
この母親との生体肝移植についての
エピソードを公に発表されたのは
手術が成功してから7年後のことです。

 

 

プロの自転車選手として
この事がハンデと思いたくない
思われたくない。

つまり、
自分をストイックに追い込む過程で
言い訳に成りうるので、自分の中から
排除したかったのが理由です。

 

 

 

宮澤崇史さん、カッコ良すぎです!
おそらく、自身だけでなく
母親への配慮もあったでしょう。

 

宮澤崇史さんのブログで紹介

宮澤崇史さんと母親の家族の愛を綴った
「母と子のロードレース」という
平成31年度版・中学3年生用の道徳の教科書も
刊行されています。

宮澤崇史さんのブログで全文が公開されています。

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絆のペダルは宮澤崇史の生きざま

 

絆のペダルは宮澤崇史の生きざま母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛2

宮澤崇史の生きざま

宮澤崇史さんのモットー

宮澤崇史さんは取材の1場面で
これまでの人生(生きざま)を振り返り
母親との関係性の中で育まれた考え方について
こう話されています。

今、僕はどう生きているかという問いかけを、
僕は常に自分自身に投げかけている。

 

僕が僕として生きていく、
肩書きではなく僕らしく生きる生き方
これからも続けていきたい。

 

生体肝移植の手術を受けたのが
2001年9月10日。
その翌日には世界を驚愕させた9.11テロ

 

生と死について考えさせられた
2日間になっていたのです・・・

宮澤崇史さんってどんな人?

宮澤崇史さんは3歳から自転車に乗り始め
その時から“楽しさ”という感覚を持ち続けます。

 

 

 

小学生の頃には朝から晩まで自転車を
乗り回す少年で友達の家に遠出もしていました。
中学生でロードタイプの自転車に憧れます。

 

 

 

父親は宮澤崇史さんが6歳の時に他界され
母親の純子さんは女手一人で姉と宮澤崇史さんを
育てるという母子家庭でした。

それでも、宮澤崇史さんが欲しい自転車を
何とか工面して購入してくれたのです。

 

 

 

自転車に目覚めた経緯について
宮澤崇史さんはこう話されています。

自転車に乗るのはずっと好きだったんです。
でも“自転車選手になりたい”っていう
感じでもなかったですね。

 

自転車競技って、日常的に周りにあるものではなく、
月一回、専門誌の写真で見るものでしかなかったんで、
あまりリアルな感じではなく、遠くのお話って感じでした。

 

僕、中学生の頃に軟球テニスをしていたんです。
でも全然ダメだった。
ああ、これは俺には向いてないと思ってね。

 

でも自転車に乗っている時は楽しくて、
“自転車ならいいんじゃないかな”って
思っただけなんですよ。

 

とにかく勉強だけはしたくなかったんです。
そうなるともう、スポーツしか
残されていなかったんですね。

 

それでたまたま自転車だったんです。
それだけです。

自転車レースの魅力に引き込まれる

TVでたまたま観たのが
自転車レースの最高峰と言われる
『ツール・ド・フランス』

 

 

自転車のレースに出たい!

 

 

人生初レースとなったのは、
近所のマウンテンバイクレースに参加。
自転車レースにのめり込んでいきます。

 

 

高校進学の際、どうしてもロードがやりたくて、
自転車部のある高校を探すことになります。

 

長野県出身の宮澤崇史さんは、自宅から離れた
県で最も強い岡谷工業への進学を考えますが
近くの長野工業にも自転車部があることを知り
長野工業へ進学し自転車部に入部します。

 

サイクリング同好会だった!?

 

しかし、長野工業の自転車部の実態は
宮澤崇史さんを含めて僅か部員3人の
“サイクリング同好会”状態でした。

 

これではまともにロード練習もできません。
何とか同級生に自転車部への勧誘活動を行い
4人の部員を確保して自転車部をスタート。

プロに転向

高校3年生になって、本格的に
“自転車選手としてやっていこう”
強く思い出しました。

 

そのキッカケとなったのは
オフロードコースで行われる
シクロクロス競技で日本代表となり
世界選手権に出場。

 

その時に東京のプロチーム『ラバネロ』から
勧誘を受け、プロ自転車選手となりました。

 

世界を意識し始めた矢先に

高校卒業後はイタリアに単身で
ロードレーサーとしての武者修行のため
渡欧されます。

 

そんなロードレーサーとして
世界へ羽ばたき始めた矢先に
母親の病状が悪化していくのです。

 

 

23歳時、病状の悪化した母親に
生体肝移植で肝臓の3分の1を提供し
母の命を救ったのです。

 

 

自身のロードレーサーとしての復帰は
肉体面、精神面。そして経済面でも苦しく
そのまま引退も考えた

アマチュアチームから再スタートして
その後、プロに復帰します。

 

宮澤崇史さんプロフィールまとめ

1978年、長野県出身
元プロ 自転車ロードレーサー。
現在はリオモ・ベルマーレ監督

 

北京オリンピックは日本代表で出場。
32歳時に日本チャンピオンを獲得。

 

34歳で世界最高カテゴリーのプロチーム
「サクソバンク」に所属。

在籍中にはリーダージャージ(個人総合時間賞)
ポイントジャージ(スプリントポイント賞)に
日本人選手として初めて袖を通した。

 

36歳で現役引退。2014年10月25日
「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」
ラストランとなりました。

 

現在は選手の育成、イベントの出演などで
自転車競技の発展に努められています。

また、自身の経験を活かされ、医療分野での講演会、
チャリティーなどにも精力的に動かれています。

絆のペダル簡単あらすじ

相葉雅紀さんが演じる宮澤崇史さんは、
走行距離200kmを誇る
世界一過酷な自転車スポーツで
第一線で活躍をされていました。

 

「ロードレース」で世界を意識しだした矢先に
母親の純子さんが原因不明の疾患である
原発性硬化性胆管炎(PSC)を患ってしまいます。

早期に治療しないと肝硬変へ移行する疾患で
生体肝移植が必要なのです。

 

宮澤崇史さんは母親の命を助けることを
決断します。

しかし、母親の純子さんは
息子の選手生命を奪うことになる事
決断をためらってしまう。

 

生体肝移植で母親の純子さんは助かり
宮澤崇史さんも苦難を乗り越え
ロードレーサーとして復帰。

 

生体肝移植でも親子として繋がれた
宮澤崇史さんと母親純子さんの家族愛に
感動し涙が止まりません。

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宮澤崇史の生体肝移植時の実話

 

絆のペダルは宮澤崇史の生きざま母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛3

宮澤崇史さんって意外に楽観的!?

最後の食事?

宮澤崇史さんは、生体肝移植の
術前インフォームドコンセントで
提供側も命のリスクが高いことを知り

 

万が一のこともを考えたそうです。

 

 

で、考えたことが
“最後に食べたいものを食べておこう”

 

そして、本当に実行されています。
何を食べたかと言えば・・・

 

1Lという大量ののジェラート
食べたんです。

 

 

“これで最後でもいいかな。
最期の瞬間に欲しいものなんて
大して意味を持たないんだろうな”
思ったそうです。

 

そして、この事をキッカケに
『今日が最後の日になっても良いように
悔いのない人生を送ろう』
考え方が変わっていきます。

手術直後のエピソード

宮澤崇史さんが、
手術後に発した言葉として覚えているのが、
カッコよく「疲れたから休ませてくれ」

 

 

ただ、側にいたお姉さんによると
全く違っていて「僕生きてたんだね」という
言葉が第一声だったそうですよ。

 

 

リスクの高い手術に対する
恐怖心から解放された安堵感
見事に表現しているエピソードですね。

まとめ

いかがでしたか?

 

今年の24時間テレビでは
実在する宮澤崇史さんとその母親の
家族の愛と絆をテーマとした感動のドラマです。

嵐の相葉雅紀さんが
主演で宮澤崇史さん役を演じます。

 

 

宮澤崇史さんの生きざまは
第三者的に観ると美談なのかもしれません

しかし、当人の立場という視点で観ると
決して美談ではありませんね。

 

 

生と死を考える機会となった
生体肝移植のエピソードでは恐怖心
覚えます。

その後の宮澤崇史さんと母親の
関係性やお互いが復帰されていく中での
家族の深い絆と愛情に涙が止まりません

それでは、以上で

絆のペダルは宮澤崇史の生きざま
母親との生体肝移植でつなぐ家族の愛

についてのまとめを終わります。

最後まで読んでいただき
ありがとうございます。

これからも ぼちぼち くろブロをヨロシク!

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ABOUT ME
くろ
もう、こんな年齢になってしまったんやな~・・・ としみじみとしております。 少年だった頃から、サッカーと野球が大好きです。 現地観戦もたまにしますが、ほぼテレビ観戦です(笑) 最近は、スポーツ以外にも 色んなことに興味を持ち出した ダンディーなオジサマが(笑) 思い切ってブログも始めてみました! オジサマ的視点で色んなことを 発信していこうと思います。 どうぞ、よろしくおねがいします。